穴太寺@亀岡

西本願寺で、ごえんさんエキスポに寄ってから

西国33カ所観音霊場の月参り巡礼で穴太寺に行って来た。

月参り巡礼ってのはよくわからなかったけど、

毎月、どこかで月参りをやって、次の札所に回っていくということらしい。

御朱印帳を忘れた。なんの信心もないわい

小さいながらも山門、本堂、鐘楼、多宝塔があるというのが珍しいってんで、

京都府文化財の仮登録されたとのこと。

 

 

亀岡、なにぶん遠いけど、結構山深くていいところかもしれない。

住むには寒いな。

 

話は前後するが

昨日は、仕事どーにかこーにかして龍谷大学で安藤さんと稲賀さんの

レクチャーを聞いた。新しく覚えた言葉が山ほどある。

 

土宜法龍、

万国宗教会議、シカゴ万博。

まず神智学ってなによ。

 

そして、天台教学に影響を受けただのなんだのって

色んな研究とか観点がありながら、

宗の研究センターとかがやってることとは

本当に相混じらないものだな、と思う。

 

先週は大津市仏教協会の50周年に行ったり

三十三間堂に行った。

一千一躰の千手観音像、はっとした。

 

たまたま成道会で、御門主様が黒塗りの車で乗り付けた。

 

わおわお

 

 

 

去年のことをうっすら思い出してひたすら書き出してみる

去年の今頃は東ヨーロッパを徘徊していたんだな。

 

ポーランドクラクフワルシャワからPKPで入った。駅前のガレリアは綺麗だし、ストレミャストとかの市場で買うハム、チーズ、お野菜は本当に美味しかった。バヴェル城で、チャルトリスキ美術館が蔵しているダヴィンチの白貂に謁見。。

ハンガリーブダペストではレヒネル・エデンの建物をみたんだ。郵便局や、化石の研究所?だったかどこかにも行ったな。温泉に入ってオスマントルコの空気を感じて、高速エスカレーターに爆笑した。ハンガリーの中華料理屋はとにかく味が濃くて味の素がどっさり入っていて参った。丸っこい中国人の店主はタフな感じ。ハンガリー語ができるわけでもなさそうだった。お客さんで入って来たロシア人のカップルがいかめしかった。

 

駅の中には布団を引いて寝ている浮浪者のボスが居たし、とにかく浮浪者とヤク中が多い印象的だった。ブダペストは性産業のお店も普通にあって、治安悪そうな感じがした。寒い中物乞いの人の両手を突き出しておでこを頭につけるというキメポーズが信じがたかった。

ウィーンの中央駅でスリに逢って最悪な気分で過ごした。街はとかく清潔な印象だったし、人は親切だった気がする。対応してくれた警官が二十歳そこらで若かったな。

チェコプラハでは、、何したかな。ミュシャ関連の何かをみたな。街並みが綺麗だったような記憶。

ドイツのドレスデンではツウィンガー宮殿でストールを落とした。

マイセンで泊まったポルツェランではコカコーラのポスターが貼られていて、西側への憧れとかあったのかしら。と二人で話した。マイセンのミュージアムではアウグスト強王のオラオラに圧倒された。

またクラクフに戻ってこられたことが嬉しくて、クリスマスマーケットでカンパイ。ストラルスカのミントアパートメントの向かいのお店、ジュレックが食べられなかったのが辛かった。クリスマスにはサンタさんが来てくれた。ドイツの骨董品やで見かけたトランプとマイセンの香合。

そしてワルシャワに戻った。

一番最初にワルシャワに行った時はまだ11月の頭でワジェンキ公園の近くだったからアーサーさんちからリスに逢いに出かけた。RODY、グレカンでアイスを食べたり丁子の入った甘いお茶などを頂いて、2度目のワルシャワは比較的街中だったな。

 

私たちがポーランドについた1週間後に仁川とワルシャワ間のダイレクトフライトが就航していて、帰りは楽チンぽんだった。

 

眠いから今日は眠る。グースカぴっぴ

 

内勤で原稿

今日はどこにも行かなかった。

いや、夕方に延暦寺に駆け込みで行ったんだ。

もう拝観時間すぎていた。

  

第3駐車場に車を止めて、降りたら

湿度が高くて、しん、と空気が重くて

とても静かだった。

 

観光地ではなくて、やっぱりあくまで修行の場。

いつも昼に来るから静けさはわからなかった。

人が来るってのはいいことだけど

うるさいのはやーね

 

朱印帳書きの某御大と世間話

那覇に帰りたいってんで。

あとはスタッドレス履かないと危ないって話。

 

 

女性僧侶とか色々考えなければならないことはあるんだが

仕事に夢中になれない私もいますね。

 

男尊女卑というありきたりな4文字なのだが

彼らに聞いてみる勇気もないし、意味もなし。

 

お家に帰ってきて、お夕飯が美味しいのは幸せだ。

料理長にこそ愛を注がねば。

 

帰りに化粧水と洗顔石鹸を買ったんだ。

散財してばっか。

 

 

 

滋賀院門跡と大津市歴博

今日は住職任命事例親授式を滋賀院で。

時間があるってんで

大津市歴史博物館へ。

 

首里にあった旧沖縄県立博物館に展示室の雰囲気が似すぎていて驚愕した。

 

薄暗くて誰もいなくて。薄気味悪くて20世紀の匂いが止まらない。

 

西教寺三井寺のもの、色々持っている見た。

 

大津、蓮如上人とも関係があるし、

 

禅を大切にした人もいたってんだから

 

比叡山の天下だったってわけでもなさそうだ。

 

キャプションに、見出しというかキャッチコピーみたいなのをつけていたのはよかった。

 

研究も良くしてらっしゃる。

 

三井寺の近世絵画ってのも面白かった。

 

このしまおうこくを出していて、

 

狸ちゃん、

 

3筆くらいで決めているのは天才だと思いました。

 

まあ、盛りだくさん。

 

 

あとは、12年籠山行を満行した宮本先生のお話。

 

好相行、足掛け3年やったってのは、信じがたいお話しだと思った。

 

途中でよく死なないな。と

 

先輩の意地悪でもないのかとか疑ってかかったりして。

 

エクストリーム過ぎる。

延暦寺と、近代について考えてみたいと思った。

 

お灸してたらTシャツ焦がした件。

 

 

 

 

神戸でいとこの結婚式

楽しかったな

初めて御着物きて出かけたよ。

 

着付け習いたい。

お習字もしてみたい。

 

 

処女懐胎は欺瞞・・

自責の念とフィクション

 

教会での結婚式は、やっぱり茶番ぽくて

というか、宗教儀礼をコンテンツにしちゃうのってどうなんだ

 

ようわからんで、と思った。

 

湖東三山の西明寺さん

湖東三山の西明寺へ。

 

京都東インターから湖東三山ICまで行って

高速も2回目。

 

西明寺は紅葉もいいけど苔が綺麗だった。

いい季節。

 

三十塔は各階によって屋根の角のアールが異なり

したから見上げた時のプロポーションが美しくなるように見えているそう。

こけら葺きと桧皮葺の

 

国宝の三十塔の内部が11月8日から30日まで期間限定で公開していた。

鎌倉時代に製作を始めたそうだが完成は南北朝

巨勢の一派の作だそうで、法華経28品を立体的に曼荼羅にしたものなのだそう。

昔は絵解きでも使われたこともあるかもしれない。

 

漆とにかわで書いたそう。

 

 

慌ただしくだんなさまも連行。

紅葉綺麗だったな。

風邪引いたかな。

喉が痛くって困った。

 

明日は東で報恩講のレク。

お仕事、楽しいけどつらい。

 

ほぼメモ。

激走仁川突破

 

 

2016.11.3の続き。

 

那覇空港には、おじさんに送ってもらった。母と姉も来てくれた。3階のレストランで、少し休憩などしつつシャトルバスでLCCターミナルへ。バスの中から目に涙しつつ手を振るも、なかなか発車しないバス。やっと発車して涙の出立と思いきや、娘のリュックサックを姉が持ったままだった。ということで15分後にLCCターミナルにてリュックの受け渡し。

 

 余裕を持って行ったつもりだったが、呑気にコーヒーなんぞ飲んでいたおかげで、結構ギリギリ。そして強風の影響で20分くらいフライトが遅れた。乗り換えギリギリな気がして気が気でない。

 

仁川に到着。かなり大きい空港なので、降りたターミナルビルから、荷物の受け取りまで電車で移動。5分くらいの乗車。行きはセキュリティ意識は絶無でなんとも思わなかったが、あんな人ごみ、スリがいてもおかしくないよな、と思う。一度出国してから荷物を受け取り、さらに中国国際航空に預けなおすため出国審査に並ぶ。勝手がわかってなかったので、出国審査用の書類のステイ先の住所が空欄であるということで弾かれる。韓国入国の目的地を仁川国際空港にすればよかっただけなのね...

 

20分くらい並んでヒヤヒヤしてたのに、もう一度並びなおせなどと言われる。出国するにはどうしたら良いのか、自分でもわからなかったので、果敢にスタッフに聞いてみた。日本語できる人がいたので、なんとか捕まえて乗り換えの時間が迫ってることや、散々並んだのに弾かれたことを日本語と英語で説明。ショートカットさせてもらって、出国。出国の審査の女の人は日本人に恨みでもあるらしく、露骨に面倒くさそうに大きなため息をつきながら手続きをしてくれた。もちろんパスポートは手裏剣ばりに投げて返した。

 

無事出国してから1Fに降りて、荷物を救出して、搭乗手続きに猛ダッシュ。とにかく間に合わないと思ったので、なんでもかんでもスタッフに聞いた。出口はどこか、航空会社のカウンターはどこか。など。3Fに上がってから再度インフォメーションでカウンターの番号を確認。笑顔もなく「hurry」と言われた。

中国国際航空の搭乗カウンターは保安検査場と近かったのは幸い。そしてまた大行列に並んだ。娘のパスポート情報の姓名の入れ違いは、航空会社のカウンターでは何にも言われなかったが、保安検査場でも一言確認されただけだった。ここを通過できるかどうかで散々眠れなかったわけだけど、ほっとする間もなく、ダッシュ。よりにもよって、出発口は一番遠い。青ざめつつ、また例のターミナルビルとの連絡電車に乗って、搭乗口まで激走した。最後の搭乗者ではなかったけど、ほとんどの人が乗り込んでいた。乗り込めた!!!!やった!!と思い安心した途端お腹が空いていたことに気がついた。焦っていたので水も飲んでなかったし、那覇から何にも口にしていなかった。母が作ってくれたおにぎりと、那覇空港から持ってきたサンドイッチを食べた。食べ終わった頃に機内食が出てきて、機内食あったのね。。と思いながら、機内食も食べた。

 

隣に座ったおじさんはイスラエルに帰るって言っていた。日本にことがあるとか、子供は3人いて、26歳だ、とか。イスラエルのニュース、悲しく思ってる。と話した。北京空港に着いてからは、あまりの空気の汚さにびっくりした。人がどうやって生活してるんだろうね...と話した。このおじさんとは、入国の時にもう一度会った。おじさんが列から弾かれたので、何かあったのか聞くと紙の航空券がないとダメ。と言われたとか。入国審査では紙の航空券じゃないとダメなのか??なんだろう。

 

航空券は自分で取るもんじゃないな。。

インターネットは便利だけど。間違えなきゃいいだけだけど。